2016年06月13日

名刺

勉強会は、当初1年は、月1、2度。玄義の講義も併せ、内容は充実していると感じた。
勉強会には、先客がいた。Hである。

当人のいないところでのMの説明によると、創価学会で悪名高き“山友”のところにいたメンバーで、共産党・宮本顕治盗聴事件で実行犯であるというではないか。
いまは教宣部として日蓮正宗対策で、寺院に潜入しているともいう。

「なんで、そんな人物が?」と訊いた。

「あるとき、やって来ての。
 昔は誤解してM先生を攻撃しましたが、と頭を下げてきたのじゃ。
 過去のことはいいと許すと涙を流して喜び、それから通ってくるようになった。
 西山相伝を教えるとな、『先生を誤解していました』というんだ。
 聞けば、創価にはMM対策というのがあり、Mの一つは妙観講。
 もう一つのMは、わしのことで、潜入して調査しているんだと。
 ヤツは、潜入している事実まで腹を割って話して付き合っている」

つまり、創価学会では諜報活動の使命を果たす顔で、Mの元では使命を打ち明け、本音の付き合いをしているという。
字句通り受け取れば、諜報活動をやっている内に西山相伝の真価がわかり、Mに心酔したという“筋書き”である。

Hは物腰は柔らかであるが、しかし、目つきは鋭い。
もらった名刺には、自宅の住所が記されていた。
しかし、あるとき、車で「自宅」というところまで送ると別の場所であった。

勉強会は、Mを講師に、Hと3人だった。
教材とする西山相伝、A4に打たれた数枚が配られ、Mが講義する。
しかし、読みながら、説明をするのだが、しばしばテキストを訂正する。
「ここは、こうのほうがいい」といった具合である。

… 相伝文なのに、なんでたやすく書き換えるのか? …

質問すると、「より読みやすくするため」という。
現代表記に改めるのは編集の範囲であるが、文そのものの書き換えは改竄ではないか。
そんな疑問は涌いたが、Hは平然としているように見えた。
なにか理由があるのだろう。そのときは努めて善意に取ろうとした。

勉強会には、Sも加わっていた。
Sは、わたしとの交友を理由に顕正会を除名になった一人である。
わたしの紹介で加わったのか、それ以前からMと知己があったのか、記憶は曖昧である。
勉強会は講義というより、編集会議のようで、急ピッチに進んだ。
あるとき、Hが苦笑いしながら話す。

「Sさんが、文中の『御義口伝に云く』は変だ。『御義に云く』の筈だと言うんだ」
「は?」
「そしたら、先生が、全文に一括変換をかけて『御義に云く』で統一したんだよね」
「えぇ!、原文は『御義口伝に云く』じゃないんですか?」
「先生によると、元々は“御義”となっていたが、途中から“御義口伝”となったから、元に戻したんだそうだ」

納得はいかなかったが、その時は確かめようもない話である。
ならば原本をみれば、よいだけのことである。
真蹟主義は、日蓮門下の“お定まり”である。Mに問うた。
「相伝の原本は、いまはどこにあるんでしょうか」
「原本は、西山本門寺にあったが、大石寺に帰伏したとき、日達が焼いたんだ」
「焼いた!」
「西山の書庫にあったんだが、内容を見てまずいと思ったんだろう。
 出入りしてクリーニング屋の信者に、燃やさせた。
 しかし、日正上人が書き写してあったんだ。
 わしは、それを写させてもらった」
「写しは、上人の自坊にあったのですか」
「そうじゃ。リポート用紙に写してあった。
 他筆、女性の字で写した部分もあったな。
 それを通って写したんだ」
「では、いま編集をしているわけですから、手控えとワープロ打ち込みデータを対校したほうがいいでしょう」
「いや、日正上人の写しを見ながら、直接、打ち込んだんで、わしの手書きの写しはない」
「いつ頃のお話ですか」
「あれは、昭和の終わりだったかな…」

… 昭和の終わりに携帯できるようなワープロはあったか …

そんな疑問がよぎったが、何か方法もあったのか。
わたしは、ずけずけとモノを言うほうだが、いちおう教授されている立場である。
気分を害するような質問をすることには躊躇いがあった。
なにより、圧倒的な分量のあるテキストを前に、まずは読み終えなければ何も言えない、そんな気持ちが前に立っていた。
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posted by 名刺作成検索 at 11:42| 日記 | 更新情報をチェックする
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